新城、四ツ谷の千枚田。

1904年の長雨で正面の鞍掛山と隣の貧乏山の間から山津波(土石流)が発生、家や田畑が流れ 死者11人の大惨事。鍬とモッコで何年もかかって荒れ地を千枚田にしたのが始まりだけど、田圃は殆ど谷にあり それは山からの湧き水が必要だからでは?静岡ではミカンやお茶が尾根や斜面にあるのは水よりも陽射しが欲しいからだよね。

📷 この景色を谷津田(やつだ)とか谷田(やた)と言う。

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コメント: 1
  • #1

    nosugar (日曜日, 20 2月 2022 22:07)

    千枚田の向こうにそびえる鞍掛山の勇姿、日本の田んぼの原風景、オー素晴らしい…

    エッ!貧乏山?!!こ、こんな名前の山がある…いくらなんでもあんまりだ!山が痩せて貧相なのかと思ったら、江戸時代から年貢の払えない貧乏人が入って薪を集めたからとのこと。貧しい人に分け与えてくれた山なら、せめてお助け山とか慈悲山とか、マザーテレサ山でも\(^o^)/