段戸辨財天(だんとべんざいてん)

設楽で川と山に挟まれた薄暗い県道を進むと大きな石碑や小屋が現れたので川まで降りてみた。江戸城が焼失した際 天領だった段戸から御料林を出し、その事業を仕切った人が日頃から上野不忍池の弁財天を信仰していたので大任を果たした御礼に これを建立!つまり300年近く経つ。奥三河の深さや面白さを知った自粛期間でした。

📷 奥の小屋に祠、石碑は2㍍以上ある。


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2021年3月20日🎌・ 21日㈰開催!「#QURUWAと暮らす」
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コメント: 1
  • #1

    梅村義王 (火曜日, 02 3月 2021 10:10)

    段戸山シラン、だんど弁財天誰がこのような祠をいつごろたてたのであろ、このあたりもおと栄えても
    キヨウと江戸の道でもない、確かに、コクイチ南に下ればコクイチかここから長野に近い300ねん。
    僕の考え違う、山に入れば何かがある,何かのいわれも、僕は知らん、�、モアイを思い起こさせる
    山によくはいていましたけど、歴史官邸のようにきようみが、も一つですけどこの際学びます、
    人々につなぎ僕に教えて?・(。◕ˇдˇ​◕。)/。