始まりも最後も自分で決められない。

美食家で器も製作した魯山人が入院中、食事は治療の一環で大切なのに器が最悪で不味い!と腹をたててお気に入りの料亭や鰻屋に出前を頼んでいたらしい。不治の患者が 家で最後を迎えたい と言うのは、他所では無く自分のテリトリーで逝きたいし、食べられなくても食欲をそそる見た目が大切なのは人間の自然な感情だと最近思う。

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コメント: 1
  • #1

    梅村義王 (土曜日, 09 1月 2021 10:00)

    年言わなくても80何歳、60歳からの早さ生きてることのうれしさ、80歳でいいわ、人は欲張り、
    がくんと来ます80歳、100歳まで頑張る口でいても畑で転び人生何が起こるやら露骨にひび割
    痛いのなんの死ぬかとこれでダメか思いまだ生きています、何度死ねば、最近美味いものが喰いたい人の温かさが欲し欲張りなのか、༼ つ ◕_◕ ༽。人生何が起こるのか図らん。(>_<)。